読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

問題はわたしがねこなのか、かぴばらなのかってことなんだ

A.B.C-Zと橋本くんの話をするのが好きな人の長文記録用ブログ(筆不精)

2014.11.27-12.6 ルードウィヒ・B 東京千穐楽を終えての感想

はしもとくんのお芝居が見る度変化をしていて、それを楽しみに通った約10日間。

ルードウィヒが毎日一生を生きてた。
ルードウィヒを演じているのは毎日はしもとくんなのだけど、そこには毎日違うルードウィヒがいて、ルードウィヒというひとが何度も転生する様を見ているような気持ち。

それをすごく楽しんで演じていたように見えた。
1日1日新しいルードウィヒを生きては、また新しい何かを見つけて、そこから新しいルードウィヒを生み出してる。そんな印象。


初めての外部舞台は、はしもとくんにきっと広い世界を見せてくれたんだろう。
いつもとは全く違う出演者、スタッフさんたち、劇場。ピアノ。
新しいことをやらなきゃならないだけじゃなくて、慣れた環境じゃない場所だから尚更、つらいことも多かったかもしれないな。

でもはしもとくんはあの舞台に立ってた。
きっといろんなものを超えて立ってたんだろうなって、なんとなくそんな風に感じた。

初日のカーテンコールで、それまでルードウィヒを保っていたはしもとくんの表情が崩れて、ものすごくゆるんだ顔で笑ってて、ついさっきまで知らない子を見ているような気持ちだったのに「ああ、はしもとくんだ」と安心したのを覚えている。
安心したのと、うれしいのと、たぶんそういうもの立ったのかな。なんだかそういうのが入り交じったような晴れやかな笑顔が可愛くて涙が出るかと思った。
2回のカーテンコールの幕が閉まりきる寸前の、へにゃりとした笑顔がすごく可愛かった。

可愛いことと矛盾しているようだけど、はしもとくんはいつもかっこいい。
外側に見える部分はひたすら可愛くて、中身がすごく男前だと思っているので。だからかわいくてかっこいい。自担は最強の自担なのです。


見ていて気になる点もないわけではない。

特に、滑舌が甘めなので、お芝居に熱が入りすぎると台詞が聞き取りづらい。
これは今後絶対改善が必要なはずで、次回のお芝居では是非いい監督演出家に出会って欲しいなと願うばかり。
きちんと然るべき立場の方が理解して教えてあげたら、絶対によくなるひとだと思うから。

あと、感情を入れすぎるというか、それもはしもとくんの演技プランの一つなのかもしれないけど、わたしはあの、声を裏返すお芝居はあまり好きではなかった。
耳障りが良くないし、聞き取りづらいので。
わたしが単にヒステリックなのが苦手なのもあるけれど、声を裏返すような言い方は、ポイントで使うにはインパクトもあるけれど、全編通してしまうと多少稚拙な印象も受けるかな・・・小さな子の癇癪のようだからかなあ。
これはわたしの好みの話ですが。

芝居の流れを理解してるリピーターには台詞は理解されると思うけれど、通常芝居は1回しか見ないものだと思うから、そういうひとたちにもすんなりと伝わるように、発声がもっとよくなってくれたらいいなと願っています。