問題はわたしがねこなのか、かぴばらなのかってことなんだ

A.B.C-Zと橋本くんの話をするのが好きな人の長文記録用ブログ(筆不精)

2014.12.14 ルードウィヒ・B 大阪公演 大千穐楽 感想

ルードウィヒ、終わってしまいましたね。

3時間弱は始まったときは長いように感じたけど、日に日に体感時間が短くなっていて、引き込まれてるなと実感してみたりしてました。
期間としても実質2週間ほどかあ・・・長かったのか短かったのか、まだよくわかりません。消化できてない。


千穐楽のラストの第九。
指揮をするルードウィヒに、「やりたいことができたのね」「自慢の息子だ」と言葉を贈るお母さんとお父さんに、振り向いたルードウィヒの目にはもうその時点で涙がいっぱいに溜まっていて、言葉を言えるか言えないかギリギリくらいの感じでそれに答えていた。

「さあ、最後までやり通しなさい」とお母さんが言ったところで、左目の目頭から大きな涙の粒がぼろっとこぼれた。耐えきれずに歪めた顔は造形として素晴らしい表情ではないはずなのに、すごく美しくて可愛くて、たまらない気持ちになった。

後ろを向いて指揮をしているその顔は、いまどんな顔をしているんだろう、何を思っているんだろうと思ったら涙が出てしまって、自分でも意外だった。
今回の舞台で初めて泣いた。


東京ではピアノの川田さんがピアノを弾いていなかった部分までピアノを弾くように変更されていて、だから今まで楽器隊に川田さんが指揮を取っていた部分がなくなった。
つまり、はしもとくんはあのとき本当に指揮を取っていた。
川田さんは指揮に対して完全に横を向いているので、指揮を確認していることがよくわかる。だから「ああ、今あのオケを引っ張っているのは本当にはしもとくんなんだ」とうれしくなった。


観客の拍手が聞こえないルードウィヒは振り向かない。
そこにウムラウフがきて、振り返るように促してくれるけど、今日は促してもルードウィヒは振り返らなかった。
振り返れないんだってことはすぐにわかった。

そのルードウィヒをウムラウフが一度両手でぎゅっと抱きしめて、もう一度促したらルードウィヒが振り返った。
振り返ったルードウィヒは涙の通った後のくしゃっとした顔で、自分に贈られる大きな拍手に笑顔を見せた。

はしもとくんは子供のような顔で笑ってた。
でもたぶん、あの場面の晩年のルードウィヒだって、あの拍手の中では子供のような顔で笑うんだろうなと思えた。


ルードウィヒは人々をしあわせにしたいと言っていたけど、その台詞を聞いていたらルードウィヒ≒るーちゃん≒はしもとくんに、ずっとしあわせにされていたのはわたしたちだったんだって急にわかった。もうとっくにしあわせにされてた。千穐楽に急にそんなことがわかるなんて思ってもみなかった。
しあわせにされてるほんと。いつもしあわせです。ありがとうるーちゃん。はしもとくん。
はしもとくんが大好きです。


とりあえずひとまずここで。
細々とした感想は思い出したらまたぼちぼちこことか、ツイッターとかで。